ロニーに寄せられた追悼 2

前回に引き続き、WeRock Cityに掲載されていた追悼メッセージをご紹介していきます。
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<R.I.P.>Ronnie James Dioへの追悼メッセージ続報2
元記事はこちら。
胃癌で闘病生活を送っていたヘヴィーメタル界の巨匠、Ronnie James Dio(ロニー・ジェイムス・ディオ)が5月16日、現地時間の7:45(日本時間同日23:45)に逝去された。彼を敬愛してやまないミュージシャン達が彼に向けた追悼コメントを続々と寄せている。
Al Ravage(RAVAGE):
Ronnie James Dioが亡くなり、メタルの世界は今まで通りではなくなった。90年代初期にメタル・コンピレーションのテープで「Don’t Talk To Strangers」を聴いていたのを覚えているよ。メタルに夢中になり始めた頃で、その時はDIOを知るにはいいぞって程度に思った。その数週間後に俺の兄貴が『Holy Diver』のカセットを家に持って帰って来て、俺はDIO中毒にかかってしまった。それからすぐにDIOのバック・カタログを全部買いあさって、DIOの新譜リリース以外に楽しみだったアルバムはなかったよ!彼は素晴らしい作品を作り続けたね。DIO時代のSABBATHやRAINBOWはそういったバンドを理解する助けになったよ。
俺の初のメタル・コンサートは1997年のDIOの’Angry Machines’ツアーだった。もう『Magica Part II』やHEAVEN & HELLのセカンド・アルバムはないんだね。短期間に2人の素晴らしいシンガーが亡くなった。TWISTED TOWER DIREのTony Taylorも最近逝去したんだ。暗闇の虹のようにあなたのメタルは永遠に生き続けるよ!
Andrea Ferro(LACUNA COIL):
Ronnieとはミラノでサウンドチェックの時にちょっとお会いしましたが、彼はとても親切でした。勿論、彼の声も驚くほど魔法ですね。”Rest in peace!”
THE QUIREBOYS:
我々は幸運にもRonnieとフェスティバルで一緒に共演した事があります。本当にナイス・ガイでロックの声として最高峰の一人です。彼がいなくなって悲しいけれど、彼の声は生き続けます。”Long live rock and roll.”
David Coverdale(WHITESNAKE):
Ronnieの訃報を聞いてとても悲しい。私の想い、祈りを込めて彼の家族と友人にお悔やみを申し上げます。
Scott Ian(ANTHRAX):
Ronnie、安らかに眠れ・・・。なんて大きな損失だろう。Ronnieとの想い出は沢山ある。何度も一緒にツアーしたし、いつも笑顔で優しい言葉をかけてくれて、彼はヤンキースが大好きだったんだ。2004 年のDIO/ANTHRAXツアーでは、Ronnieがステージの上にいる時に、彼の為に毎回イニングのスコアをつけていたんだ。すごく夢中だったよ。俺は1980年にマジソン・スクエア・ガーデンでのBLACK SABBATHの“Black & Blue”ツアー(BLACK SABBATHとBLUE ÖYSTER CULTのカップリング・ツアー)を最前列で観たんだ。Ronnieは世界の王者だったね。お気に入りのショーのTop3に入るよ。
イギリスのClassic Rock magazineは、伝説のヘヴィーメタル・ヴォーカリストであり、WeROCK Cityで市長を務めるRonnie James Dio(HEAVEN & HELL、BLACK SABBATH、RAINBOW、DIO) が自伝を書き始めたと2009年4月に報じている。
Ronnieは「自分のライフストーリー中心になるよりも、自分の周りの事が多くなるだろう。もう半分まで来たと毎回思うたびに、まだ半分も残っていると感じる。でも、書き続けているし、私が関わってきたバンドに関心がある人にとってはとてもとても面白い内容になるよ。勿論、自分の事にもフォーカスしているけれど、Ritchie Blackmoreとか、TonyやGeezerがどんな人とか少し触れているよ。人の分析ではなく、話題としてね。暴露本でじはないから、皆のことは可能な限りよく脚色しているけど。“汚れた”話題を期待しちゃいけないよ。終わりのないドラッグやグルーピー話は私のスタイルではない。Nikki Sixxみたいにギリギリのラインでいきている人と、そうでない人もいるんだからね」と話している。
タイトルは未定で発売は2010年の予定だった。頭も良くて話題も経験も豊富なRonnieの本は、メタリストならバイブルにしたいような書物になったはずであろう。もし、書き終わっていたのならば・・・。
今後もコメントを随時紹介していく予定である。 We miss you, Ronnie.Your music remain in our hearts!
※この自伝については最近ようやく日の目を見たようです。日本語版が出るかどうかはまだ不明・・・。(引用者注)
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<R.I.P.>Ronnie James Dioへの追悼メッセージ続報3
元記事はこちら。
HATEBREED:
Ronnie James Dio、そして彼の家族、ファンのすべてに哀悼の意を表したい。彼は真のへヴィ・メタル・レジェンドだ。彼の魂、彼の声は永遠に生き続けるだろう。俺達は彼とステージを共有できた事を誇りに思う。Rust In Peace」
Robb Flynn(MACHINE HEAD):
「彼なしでも俺はメタルの世界に入っていたかもしれない。ただ、彼が俺をこの世界に導いてくれた事を本当に幸せに思うよ。ありがとう、ありがとう、おなたが残した音楽のすべてに、ありがとう」
Mike Portnoy(DREAM THEATER):
メタル界において、この日は最も悲しい日のうちの1つだ。
Ronny Munroe(ex-METAL CHURCH):
俺がドラムからヴォーカルに転向した理由はRonnie James Dioの声なんだ。スムーズでメロディックであり、底抜けに根性ある声は他にはいない。俺や他の何百っていう世界中のシンガーに未だに影響を与えている。彼は行ってしまっても、彼の遺産は残るよ。そして、それがなんと星の数にも及ぶね。
Slash:
Ronnieは逝ってしまった。でも彼の音楽は永遠に生き続けるよ。
JUDAS PRIEST:
我々の友人、Ronnie James Dioの訃報を聞いて、とても大きな悲しみに埋め尽くさている。WendyとRonnieの家族にお悔やみ申すと共に、愛を送ります。Ronnieは素晴らしい男で、非常に寂しく思います。
Rowan Robertson(DC4):
僕にはRonnie James Dioの人生にと音楽に関わることが出来ました。彼の近親者にお悔やみ申し上げます。
80年代の終わりにRowanはDIOが新ギタリストを探していると聞きつけ、イギリスから渡米してロサンゼルスでオーディションを受ける。当時は17歳だった。2回目に合格して1989年7月18日に正式メンバーとして迎え入れられる。初のアルバムは『Lock up the Wolves』で1990年にリリースされた。当時のメンバーはJimmy Bain(ベース)、Vinny Appice(ドラム)、 Jens Johansson(キーボード)だったがJimmyとVinnyが脱退。 Teddy Cook(ベース)と AC/DCのドラマー、Simon Wrightが加入。Ronnieが1991年にBLACK SABBATHに戻るまでRowanはバンドに在籍していた。1991年にリリースされる予定だったその次のアルバム用にRonnieと一緒に曲作りをしていたが、その時の作品はお蔵入りになっている。もし何かの形で記録が残っているのであれば、ファンならいつかは是非耳にしてみたいものだ。
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ローワンは今でもロニーのことが大好きみたいですね。
彼がDIOにもっと長く在籍していたら、どんなアルバムが生まれたんだろう・・・。
彼の唯一のDIO加入作品「Lock Up The Wolves」はこちらでとりあげています。
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