メンバー列伝 ゲイリー・ドリスコール
Gary Driscoll(1946~1987)
初期のロニーを支えた愛すべきドラマー

Elf時代のメンバー(向かって右端がゲイリー)
出典:gettyimages
1946年4月18日ニューヨーク生まれのドラマー。1965年の6月にロニー・ジェイムス・ディオがフロントマンを務めるRonnie Dio and The Prophetsに加入して音楽活動を始めた。同バンドはやがてElectric Elves⇒Elves⇒Elfと変遷をとげ、1969年にいくつかのシングルをリリースした。Elf時代のオリジナルアルバム3枚がDeep Purpleのロジャー・グローヴァーにプロデュースされたことからバンドはリッチー・ブラックモアの目に留まり、1975年にリッチーがバンドを「乗っ取る」形で解散。これがRitchie Blackmore's Rainbowである。
しかしRitchie Blackmore's Rainbowは1枚目のアルバムを出したのち、リッチーの手でロニー以外のすべてのメンバーが解雇され、その中にゲイリーも入っていた。ゲイリーのドラムはR&Bのスタイルが濃く、それがリッチーの好みに合わなかったためである。
ゲイリーはRainbowをやめたのち、Dakotaというバンドに1978~1980年まで在籍した。その後はBible BlackでElf時代の仲間のベーシスト、クレイグ・グルーバーと再会した。このバンドはJesus Christ Superstarで主役を演じたジェフ・フェンホルトのバンドだったが、ツアーは好評だったもののスタジオアルバムを制作するには至らなかった。
ロニーの証言によると、ゲイリーは目に怪我をしていた時に反対の目に目薬を差したため一か月間目が見えなくなったり、Deep Purpleのオープニングアクトを務める直前に足を骨折したりと、そそっかしくも微笑ましい人物だったようだ。ロニーは「彼は皆に愛された」とも語っている。
1987年6月8日、ニューヨークの友人の家でゲイリーは遺体となって発見された。事件については不明な点が多く、ドラッグがらみではないかという噂もある。逮捕された人物は裁判で無罪を言い渡された。
ロニーとの共演作:Elf、Carolina County Hall(アメリカでは L.A.59のタイトル)、Trying to Burn the Sun、Ritche Blackmore's Rainbow
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